「神様、シュレーディンガーの猫ってなんですか?」
「あー、シュレ猫な。お前なんかにゃ無理ゲー」
「『シュレ猫』っていうんですね。そんなこと言わないで教えてくださいよ」
「オーストリアの物理学者エルヴィン・シュレーディンガーが、量子力学の難解さを表現したたとえ話な?」
「……」
「ほら、無理ゲーだべ?」
「もう少し、その、わかりやすく……」
「ふう、しゃあねえな……」
「お、お願いします……」
「あんな、おめえはしけた中年男なわけだけど、俺様の力で異世界へ転生して、チートになっていまごろ無双してるおめえも同時に存在するわけよ? いわゆる『パラレルワールド』な? わかる?」
「それは、なんとなく……」
「で、もしよ、異世界で無双してるそいつと、おめえ自身が結託して、力を合わせたりした日にゃあ、最強なんじゃねって話よ? これが量子コンピューターの考え方ってわけ。アナログ・コンピューターがゼロかイチか、一度にどっちかしか表現できなかったのを、この理論を使えば同時に表現できるって寸法だよ。演算処理能力が天文学的にはねあがるのさ。2進数でもそれよ? 要するにシュレーディンガーの猫ってのは、そういうことが可能になるってことも示唆してるってわけ。おわかり?」
「む、むずかしい……」
「ぜんぶのパラレルワールドから、てめえだけをデリートしても、なーんも影響はなさそうだな、あ?」
「そ、そんな、神様、お願い、消さないで……」
「ま、俺様の気分次第だな、がはは!」
「お、おそろしい神様がいたもんだ……」
「神は老獪にしてって言うだろ? そのとおりなんだよ、神は老獪なんだよ。ゆえに勝ちゲー、俺最強」
「最低だ……」
「言ってろ、虫ケラが」
こんな具合で、神による中年男への授業は始まったのである。