空腹先生のご降臨とあいなったアスタロト猊下と僕は、ニスロク料理長が次々と運んでくる色とりどりの料理を、しっかり胃袋におさめていったのでございます。
「猊下、少し食べすぎではございませんか? それ以上はお体に触ります」
フーガスをお召しになる猊下をのぞき込むように、サルガタナス伯爵が心配そうな顔をなさいました。
「うるさいなあ、サルガタナス。わたしはいま、気分がよいのだ。好きなだけ食べさせなさい」
猊下は意に介さず、エデンの木の実をひねりつぶしたジャムをペロペロとなめていらっしゃいます。
「ああ、猊下、ジャムがお口に。天国の果実をいただきすぎては、おなかが下りますよ」
「君はあれか、人間の言葉でいう小姑かね? そんなにわたしの食事を邪魔したいのかい?」
「め、めっそうもない! わたしはただ、猊下の胃袋が破れないかと心配で……」
「心配性だなサルガタナス。いつから君は、わたしの花嫁になったんだい?」
「ご無体を、猊下。どうかそのように、おからかいにならないでください」
伯爵はひどくお困りのご様子です。
白い手袋が空中でせわしなく揺れております。
ブゥツのソウルもかたかたと音を立てつづけているのです。
「猊下、伯爵は猊下のことが心配でならないのでしょう。どうか平にお察しください」
「君はやさしいねダミエル、こんなやつのことを気づかってさ。まったく、つきあいが長いからといって、調子に乗るものではないぞ?」
猊下はつり上げた豹のまなざしを、横に立っている伯爵へ送りました。
「そのような猊下、わたしはただ……」
「わかった、もうよい。わかったから、サルガタナス」
「はあ……」
伯爵はすっかり肩を落としてしまわれました。
「伯爵はずっと、猊下におつかえでございますものね」
「そうだよダミエル、わたしはこの存在を得た瞬間から、猊下のそばにはべり、おつかえしているのだ。猊下につきしたがうことこそがわたしの喜びであり、唯一の生きがいなのだよ。猊下のおんためならば、わたしはこんな命など喜んでなげうつ心づもりなのだ。だからわたしは、たかだかフーガスを一枚余分にお召しになったくらいで、猊下がおなかを下すという屈辱きまわる仕打ちを味わうなど、心苦しくてしかたがないのだよ」
とくとくと語る伯爵に、猊下はいらだっているご様子です。
「いいかげんにしなさい、サルガタナス。まったく、これではせっかくの食事がまずくなるではないか。だいたい君は昔から説教くさくていかん。わたしは靴もろくにはけない子どもではないのだよ」
猊下は刺さった果実ごと、銀のナイフをかじっていらっしゃいます。
「まあまあ、猊下。伯爵の忠義こそ、わが軍の規範たるべきものでしょう。僕としても、見習ってしかるべきでございます」
「わかってくれるかい、ダミエル」
「ああ、あほらしい……」
目から滴を流す伯爵に、猊下はすっかりあきれていらっしゃるようでございました。
「かつて超越者との戦いのおり、天の軍勢の攻撃からまっさきに猊下を守ったのは、誰あろう伯爵だと聞きおよんでおります。それこそ身を賭してのご活躍であったとか。わが軍の生ける伝説、まさに誇りでございます」
「いやいや、ダミエル。そんな昔のことを持ち出さないでおくれ。気恥ずかしいだけだよ」
猊下はカシャンと、フォークで銀の皿をつつきました。
「そういえば、君はあのいまいましい熾天使どもから八つ裂きにされながらも、わたしを必死にかばっていたな」
「いえいえ猊下。それは猊下におつかえする身として、当たり前のことでございますれば……」
「当たり前、当たり前ね。その当たり前とやらで、あそこまでできるとは思わないがな」
「酔狂を、猊下。どうか、ご容赦ください」
猊下はフンと鼻息をついて、また食事を口に運びはじめました。
「腐れ縁、か」
「は、なんでございましょう、猊下?」
「なんでもない、なんでもな」
伯爵は気づいていらっしゃらないようでしたが、その口もとが確かにほころんでいらっしゃるの拝見したので、僕はやっと安心したのです。
降り注ぐ流星の光にそのお顔をあばかれないよう、猊下はずっと、食事をとりつづけていたのでございます。