「そろそろか……」
公園の時計はもうすぐ九時だ。
待ち合わせ場所はこの銅像の前で合ってるよな。
さてさて、パソコン上の情報と実物じゃあやっぱり違うだろうし、どうなるものやら……
「円王寺真一さんですか?」
「え――」
「サブスクリプション彼女に申し込んだ方ですよね? わたし、小鳥遊明日香っていいます。よろしくお願いします!」
おお……
情報どおり、いや、それ以上だ……
いかにもヒマワリが似合いそうな素敵な人だ。
女性のファッションなんて全然わからないけど、2ピースで下はフレアスカートっていうのか?
持っているバッグも高級すぎず安っぽすぎず……
うんうん、いいねえ……
「朝ごはんは食べましたか?」
「え、いや……実は緊張しちゃって、のどをとおらなかったんです……」
「じゃあブランチとかどうですか? 近くにいきつけの喫茶店があるんです」
「おお、そ、そうですか? じゃあ、行きましょうか。よろしくお願いします」
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですって。ささ、行きましょう」
明らかにキョドってる俺を、小鳥遊さんは気を使って積極的に話しかけながら、そのお店までエスコートしてくれた。
*
「へえーっ! 円王寺さん、小説を書いていらっしゃるんですね!」
「いやいや、ネットで暇つぶし程度にですよ。アクセス数もあまりつかなくて。きっと需要がないんですね」
「そんなことないですよ! わたし、読んでみたいです! ペンネームとかあるんですか!?」
彼女がずいぶん興奮した感じで言うもんだから、俺もだんだん調子に乗ってきてしまった。
「ああ、これなんですけど……」
俺は自分の端末をいじって投稿サイトの作者ページを呼び出し、彼女に見せた。
「ちょっと待ってください。わたしも検索してみます」
えらい乗り気だな。
さすがは大手出版社の営業部勤務っていったらいいのか……
「なるほど、ふんふん……」
なんかガッツリ読んでるけど、恥ずかしいな……
一応ライト文芸的な作風だし、大丈夫かな……
「なるほど、コンセプトはおそらく、苦しみをかかえた少年が仲間との出会いをとおして光を見出していく……そんな感じですかね?」
当たってるし。
「いや、さすがというか、出版社に勤務されてる方は違いますね。まさにそのとおりですよ。でも、見られてないですしねえ……」
「何を言うんですか円王寺さん! これはすごい作品ですよ! 心理描写といいセリフの選び方といい、とても深いのにダークすぎず、すごいですって!」
「そんな、小鳥遊さん、ほめすぎですって……」
「いえ、そんなことはありません! わたし、この小説を編集長に紹介してみようと思うんです! かまいませんか、円王寺さん!?」
「え……えええええ……!」
「書籍化すれば絶対にヒットしますよ! 円王寺さんの作品を求めている読者が必ずいるはずです!」
「そんな、いいんですか……? 小鳥遊さんの立場があやうくなったりは……」
「そんなものはどうでもいいんです! わたしは一営業パーソンとして、優秀な作品、そして有能な著者をひとりでも多く世に輩出する義務があるのです!」
「は、はあ……」
な、なんか、えらいことになってきたような……
「とりあえずこのあと、さっそく部長に連絡しておきますね」
「は、はい……」
ヒートアップした彼女を止めるすべなど俺にはなく、結局二時間くらいの初デートは、ひたすらこの話で盛り上がった。
俺も最初はおじけついてたけど、彼女に持ち上げられてだんだんと舌が動いていった。
楽しい時間を過ごして俺はすっかり満足し、連絡先を交換しあってとりあえず今回はおひらきとなった。
その夜のことだ。
「お?」
端末がブルっている。
なんと、小鳥遊さんからだ。
こんな時間にどうしたのかな?
「はい、円王寺です」
「あ、円王寺さん、遅くにすみません。ちょっとお時間、よろしいでしょうか?」
「ええ、退屈してましたし、大丈夫ですよ」
「実はあのあと、さっそく営業部の部長に円王寺さんの小説を紹介したんです。そしたらこの作品はすごい、きっと大ヒットするからすぐに編集部の部長さんにかけあってくれるということだったんです」
「は……」
「そこでさっそく明日、社のオフィスでミーティングがしたいからと言ってくれたんです。円王寺さん明日、お手数ですがお昼休みの時間に出版社へ来ていただけないでしょうか?」
「はあああああっ……!?」
「お願いします円王寺さん! ヒット小説が生まれるかどうかがかかってるんです! 午前中の仕事を終えたら、すぐに来ていただけないでしょうか!?」
「あ、は……はい……」
「ありがとうございます! 当然わたしも同席しますので、そこは安心してください! じゃあ明日、よろしくお願いします!」
ガチャ、ツーツー
「はは……」
なんだって?
俺の小説が?
書籍化されるかもしれない?
「ははっ、はははっ……」
いったいなんなんだ、彼女は?
小鳥遊明日香さん……
強引といえば強引だけど、俺のためにしてくれているようだし……
なんだこれ?
ひょっとしていま、すごいことが起こってるんじゃね?
書籍化、書籍化……
「書籍化、大ヒット、金持ち……ふふっ、ふふっ……」
よくわからんが、やはり運は俺に味方をしはじめたのか!?
小鳥遊明日香さん、まさに幸運の女神だ!
サブスクリプション彼女、あのサービスに申し込んだのは大正解だった!
わーい、やったやったあ!
こんなふうにスケベヅラをしたまま、俺はその夜、布団の中で笑いつづけたのである。